不登校が始まるある一場面 中学1年生になる男の子。
今までは問題もなく元気に登校し、周りの評価も申し分なく、自慢の子どもだった。
2学期が始まり、突然学校に行けなくなる。 本人に理由を尋ねても、「わからない」と言ってただ泣くだけ。
そんなことがあるはずがないと、続けさまにいろいろと何があったと問い続ける両親。
いろいろと今までのできてたことを、周囲の評価の良さを本人に諭しながら、励ましながら、なんとか登校に結び付けようと説得を続けるのだが、黙りこくったまま動こうとしない本人。
その日はあきらめて休むことを本人にも学校にも伝え、家で過ごすことを伝える両親。
落ちついてきた本人も夜になると「明日は学校に行く」と言って普段のように過ごす。
両親の明日は行くことを期待し次の日を迎えるが、なかなか起きられず、やはりいけないことを訴える本人。
昨日の言質を盾に攻寄る両親だが、やはり動けず泣くことで時間が経過してしまう。
取りつく島がなく途方に暮れてしまう両親。
ママ友や先生に相談しても、どこか話がかみ合わない。
「不登校」「発達障害」「グレーゾーン」という言葉は気になる。
でも、すぐに認めるのは怖いし、できれば大ごとにはしたくない――。
そんな「言葉にならない違和感」を抱えながら、はじめての出来事に疲れ切っている親御さんは少なくありません。
その後、家では落ち着いているのに、やはり学校には行けない。
「うちの子は学校で活動的で聞き分けがよく人にも親切で反抗期もないんです」 そう思っていたのに、ある日、学校に行けなくなった。
親に暴言を吐くわけではない。家では比較的落ち着いている。
親子で激しくぶつかるわけでもないのに学校の話になると動けなくなる。 朝になると体が重くなる。制服を着るところで止まる。
学校に行く理由を聞いても、うまく言葉にできない。
不登校というと、学業不振、友人関係、家庭環境、心身の不調などが原因として語られることが多いものです。
もちろん、それらはとても大切な視点です。
けれど、不登校を考える時に、もう一つ欠かせない視点があります。
それが、発達の視点です。
そういうと、発達障害やグレーゾーンを考えがちになってしまいますが、子どもたちの多くは、見た目には「普通にできている」ように見えても、学校生活の中で、大人が思っている以上に多くの判断・決断を求められていることがあります。
結構疲れますし、ストレスも尋常ではありません。
当然不登校の背景は、一人ひとり違います。
そしてその中には、子どもが自分を守るために、環境との距離を取り始めているように見えるケースもあります。
親に対して「自分は自分だ」と主張する。
それは、思春期の成長過程として自然な一面でもあります。 一面の動きだけを見て決めつけてしまうのは最も危険です。
でもそうされている子どもたちは結構います。
対応策は一人一人違います。
目先の解決ばかりに目を取られないで、全体を見渡しいま何が今必要なのかを段階を追ってかかわりを考え行動することが、子どもたちが求めている真実です。
一度相談を考えてみてください。
京口カウンセリングセンター
住所:兵庫県姫路市京口町105
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